ひなまる|頑張るより、整える。京都から届ける整う暮らし

不要物を乗せて走った、たった5分のドライブ

大量のゴミと共に、車を走らせました

 

家の中から出したものを、車いっぱいに積み込んで、クリーンセンターへ。

 

 

たった5分ほどの距離なのに、
乗った瞬間から、なんだかしんどい。

 

外は35度。
暑さももちろんあるけれど、
それだけじゃない気がしました。

 

不要物のエネルギーって、やっぱりある

車の中に積み込まれた、たくさんのもの。

 

もう使わないもの。
役目を終えたもの。
ずっと置いたままになっていたもの。

 

それらと一緒に車に乗っていると、
空気が重たい。

 

「不要物のエネルギーって、恐ろしや」

 

そんな言葉が、ふと出てきました。

 

そして同時に、
このエネルギーが、今まで家の中にあったんやと思うと、
それはそれで、さらに恐ろしい。

 

見えていないようで、
感じていないようで、
きっと日々、少しずつ影響を受けていたんだと思います。

 

まだまだ、これは序の口

今回出したものは、まだまだ一部。

 

家の中を整えていく作業は、
一回で終わるものではなくて、
少しずつ、少しずつ。

 

「後、何回行くんだか」

 

と思いながらも、
それでも一回出せたことは大きい。

 

ため込んでいたものを外へ出す。
それだけで、家の呼吸が少し変わる気がします。

 

手伝ってもらえたことにも救われた

クリーンセンターに着いたのが、終わりに近い時間だったからか。
女の子だからか。
それとも、私の愛想がいいからか。笑

 

7、8人のおじちゃんたちが総出で手伝ってくれました。

 

本来なら、ほとんど自分でやらないといけない日もあるそうなのですが、
この日は、ほとんどやってもらえて。

 

ありがたかったです。

 

車いっぱいの荷物を下ろしてもらいながら、

人の手を借りるって、やっぱりありがたいなぁと思いました。

 

何でもひとりで抱え込まなくていい。
重たいものは、手伝ってもらっていい。

 

そんなことまで、教えてもらったような気がします。

 

しかも、写真を撮ろうとしたら、

おじちゃん自ら写ってくれて。

 

「使っていいよ」と言ってくれたその感じまで含めて、

なんだかこの日の軽さを象徴しているようでした。

 

大量の不要物と、手伝ってくれたおじちゃん。 重かったはずの日が、少し軽くなった瞬間。

 

帰り道は、同じ距離なのに近かった

行き道は、たった5分なのにしんどかった。

 

でも、何もなくなった帰り道は、
やっぱりルンルン。

 

同じ道。
同じ距離。
同じ車。

 

なのに、むっちゃ近い。

 

車が軽くなっただけじゃなく、
私の気持ちも軽くなっていたんだと思います。

 

不要物を手放すって、
単に物を捨てることではなくて、
まとわりついていた重さをひとつ外すこと。

 

家の中から出したはずなのに、
整ったのは、私の内側だったのかもしれません。

 

まだまだ途中。
まだまだ序の口。

 

でも今日もひとつ、
家が整い、
私も少し整いました。

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