ひなまる|頑張るより、整える。京都から届ける整う暮らし

着物を買うなら、金の塊を買っといてほしかった

祖母の着物を、整理しています

開けても、開けても、着物。

 

 

着物だけではありません。

 

反物のままのもの。
まだ仕立てていない帯地。
箱に入った帯。
小物。

 

そして、半分以上は、
仕付け糸がついたままです。

 

ほとんど袖を通していない着物が、
次から次へと出てきます。

 

なんて素敵な真っ赤の着物コート

 

99.9%、ゑり善さんのお誂え

祖母の着物は、99.9%、
京都の老舗呉服店、ゑり善さんのお誂え。

 

一枚ずつ選び、
寸法を測り、
祖母のために仕立てられたものです。

 

きっと買った時は、
これを着て出かける日を
思い浮かべていたはず。

 

けれど実際には、
着ないまま長い年月、
箪笥の中で眠っていたものも
たくさんありました。

 

開けても、開けても、まだ出てくる

箪笥を開け、
包みをほどき、
中を確認して、
また次を開ける。

 

最初は一枚ずつ見ていたけれど、
途中から、部屋中が着物の包みだらけに。

 

これが、整理途中の現実です。

 

きれいに畳まれて箪笥に収まっている間は、
どれほどの量なのか分かりません。

 

全部出してみて、初めて分かる。

 

 

祖母が残した着物の量と、
これを整理する人に残された仕事の量。

 

金の塊を買っといてほしかった

これだけ買うなら、
金の塊を買っといてほしかった。

 

整理しながら、
何度そう思ったことか。

 

金の塊なら小さい。
場所も取らない。
価値も分かりやすい。

 

着物は大きい。
重い。
湿気にも気を遣う。

 

そして、どれだけ高価だったものでも、
今の買取価格を知ると、遠い目になります。

 

あの時、同じ金額で
金を買ってくれていたら。

 

そんなことを考えながら、
また一枚、包みを開けています。

 

でも、私の靴も一緒か

けれど。

 

ガラス戸棚に並んだ
私の靴を見たら、
あまり大きな声では言えません。

 

 

祖母の着物と、
私の靴。

 

形が違うだけで、
やっていることは一緒かもしれない。

 

祖母は着物を誂え、
私は靴を買った。

 

いつか着る。
いつか履く。

素敵だから置いておきたい。

 

そうして「いつか」が積み重なると、
次の代に大仕事を残します。

 

着物買わんと、
金の塊を買っといてほしかった。

 

そう言っている私も、
靴買わんと金を買っといて、
と娘に言われるかもしれません。

 

一枚ずつに、理由があった

着物が悪いわけでも、
靴が悪いわけでもありません。

 

好きなものを選ぶ楽しさも、
美しいものを持つ喜びも、
私は知っています。

 

とっても素敵。泥大島。

 

人の持ち物を見れば、
「なんでこんなに買ったん」と言えるけれど、

 

自分の持ち物になると、
一足ずつに理由がある。

 

祖母にもきっと、
一枚ずつに理由があったのでしょう。

 

だから、ただ処分するのではなく、

 

残すもの。
手放すもの。
形を変えて使うもの。

 

最後まできちんと見て、
選んでいこうと思っています。

 

私の代で、整理しとこ

持つなら使う。

 

使わないなら、
次に使ってくれる人へ渡す。

 

そして、自分で選んだものは、
できるだけ自分の代で整理しておく。

 

祖母の着物を整理しながら、
これは私自身への宿題なのだと思いました。

 

祖母の代から、私の代へ。

 

ただ受け取るだけではなく、
ここで一度、整える。

 

そして私の靴も、
娘に

 

「金の塊を買っといてほしかった」

 

と言われないように。

 

私の代で、整理しとこ。

 

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