死も日常の中にある
自宅から送り出すということ
祖母が旅立ったのは、2025年1月9日。
そして、火葬の日を迎えたのは、1月11日でした。
その数日間、祖母はいつも家にいて、
私と娘も、いつもの日常を過ごしていました。
「誕生」と同じように、
「死」も本来は、人に大きなものを残してくれるものなのかもしれません。
祖母を自宅で看取り、
自宅から送り出すという経験を通して、
私はそう感じました。

幸せだったのは、私と娘でした
自宅で看取る話をすると、
「おばあちゃんは幸せやね」
とよく言われました。
もちろん、そうであってほしいと思います。
けれど、終わってみて強く感じたのは、
幸せだったのは、私と娘だったということです。
祖母がいた部屋に行っては、
娘とふたりでポロポロ泣きました。
悲しい。
寂しい。
もう会えない。
その気持ちは、もちろんあります。
でも、それ以上に、
私たちの中には大きな満たされた感覚が残っていました。
いつもの日常の横に、祖母がいる
不思議なことに、
祖母の部屋だけ、時間の流れが少しゆっくりになるような感覚がありました。
他の部屋では、いつものように生活が動いている。
掃除をする。
洗濯をする。
買い物にも行く。
娘は学校へ行く。
でも、祖母の部屋に入ると、
そこには静かな時間が流れていました。
生きている祖母か、
旅立った後の祖母か。
違いはそれだけで、
家の中には、いつもの日常がありました。
慌ただしさのない見送り
病院で息を引き取ると、
その瞬間からいろいろな手続きや移動が始まります。
書類を書いたり、
会計をしたり、
どこかへ移動したり。
もちろん、それが必要な場合もあります。
けれど自宅では、
その慌ただしさがありませんでした。
ただただ、祖母のそばにいられる。
穏やかな時間を過ごしながら、
同時に、いつもの日常も続いていく。
その時間が、
送る側の心をどれほど穏やかにしてくれるのか。
実際に経験して、初めて分かりました。
家で静かに送りたいと思っていました
私は、祖母を自宅から送り出すことを決めていました。
家の事情もあり、
祖母のお友達もほとんど先に旅立たれていて、
形式的なお付き合いで来ていただくよりも、
家で静かに送りたいと思っていました。

葬儀場で行うとなると、
決めることも多く、
移動もあり、
どうしても慌ただしくなります。
でも自宅から送り出す形にしたことで、
決めることはとても少なく、
移動もなく、
日常生活を送りながら、そばにいることができました。
亡くなった翌日、
本来ならお通夜の日にあたる日も、
わが家では特別な儀式はせず、
娘は学校へ行き、
私は掃除をして、洗濯をして、買い物へ行きました。
その横に、祖母がいる。
それは不思議なようで、
とても自然な時間でした。
死を遠さげすぎない
この経験を通して、
私は「死」が日常から切り離されすぎているのかもしれない、
と思うようになりました。
死を遠ざけるほど、
死は怖いものになる。
けれど、穏やかな最期を暮らしの中で見つめると、
死はただ怖いものではないのだと感じます。
そして、死の見方が変わると、
生き方も少し変わるのだと思います。
それぞれの見送り方がある
もちろん、
自宅で看取ること、
自宅から送り出すことが、
すべての人にとって正解だとは思っていません。
家族の状況。
住まいの環境。
介護する人の体力や気持ち。
医療や介護のサポート体制。
それぞれに違います。
病院で見送ることも、
施設で見送ることも、
自宅で見送ることも、
どれが正解というものではありません。
その人にとって、
その家族にとって、
それぞれの形があるのだと思います。
ただ、
「自宅で看取る」
「自宅から送り出す」
という選択肢があることは、
もっと知られてもいいのではないかと思っています。
私と娘、ふたりでもできました。
もちろん、医療や介護の方の支えがあってこそです。
そして、祖母自身が、最期まで穏やかに過ごせる健康状態でいてくれたことも大きかったと思います。
日々の整えが残してくれたもの
わが家では、日々の食事や水、
暮らしの中で身体を整えることを大切にしてきました。
それがすべての答えだとは思いません。
でも、日々の小さな整えの積み重ねが、
最期の時間の穏やかさにもつながっていたのかもしれないと、
私は感じています。
自宅で看取り、
自宅から送り出す。
それは、祖母のためだけではなく、
私と娘にとっても、
大きな大きなギフトでした。
命の終い方を、娘と見つめること。
その時間は、
私自身の内側を深く整えてくれる時間でもありました。
おばあちゃん、ありがとう。
私と日奏乃に、
大きなギフトを残してくれてありがとう。

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