毎日、そんな器なんですか?
ブログを読まれた感想
ブログを読んで下さった方にお会いしたら、
こんなことを聞かれました。
「食卓の写真、毎日あんな器じゃないでしょ?」
「毎日やで!」
即答しました(笑)
たぶん、ブログに載せるからちょっと綺麗にしているとか、
写真を撮る日はお気に入りの器を出しているとか、
そんなふうに見えたのかもしれません。
でも、ほんとに毎日です。
もちろん、毎日ちゃんとした料理を作っている、という意味ではありません。
むしろそこは、かなり波があります(笑)
器まで手を抜く必要はない
「手を抜く」って表現すると、
普段ものすごく頑張っているみたいに聞こえるけど。
決してそうではなく、
私にとっては、それがスタンダード。
料理を頑張る日はもちろんある。
何もしたくなくて、
まぐろたたきを解凍するだけの日もある。
Take Outの日もある。
出前の日もある。
冷蔵庫にあるものを並べて、
「今日はこれでいいや」という日だって普通にある。
でも、そんな日でも、
器まで手を抜く必要はないと思っています。
高価な器を使う、という意味ではなくて。
自分が好きな器で食べる
それだけ。
誰かが来るからでも、
写真を撮るからでもなく、
毎日の食卓を大切にすることも、
ひとつの食育なんじゃないかな、と思っています。
Take Outも、
パックのまま食卓に置くのと、
好きな器に移すのとでは、
私の場合、気分が全然違います。
中身は一緒やのに(笑)

この一手間が、実は全然違ってきたりするんです。
そんな話は、また別の記事で。
食事の満足感が違う
疲れているから仕方ない。
忙しいから仕方ない。
自分ひとりならこれでいい。
そんなふうに思う人って多いのかもしれません。
そんな方は、
ぜひ、一度、試して欲しいと思います。
食事の満足感が格段に違います。
手を抜くことと、雑に暮らすことは違う
料理は手を抜いていい。
掃除だって、今日はしなくてもいい。
洗濯物だって、明日に回していい。
でも、
雑に暮らす必要はない。
と思っています。
お気に入りの器を一枚使うこと。
好きなグラスで飲むこと。
お茶を好きなカップに入れること。
ほんの小さなことだけど、
そういうものが、
毎日の「ご機嫌」を作っている気がします。
特別な日のために置いておかない
「お客さまが来た時に」
「何か特別な日に」
と、食器棚の奥に眠っている器はありませんか?
お客さまが来る日は一年に何回ある?
特別な日は一年に何回ある?
それより圧倒的に多いのは、
何でもない普通の日。
だったら私は、
その何でもない日に使いたい。
欠けたら嫌やし、
割れたら悲しい。
でも、使わないまま置いておく方が、
もっともったいないと思います。
器も、服も、靴も、家具も。
好きなものは、好きな日常の中で使う。
それが一番贅沢なのかもしれません。
一年に数回やってくるカップラーメンの日💦
でも、器に盛って、刻みのりでも散らせば、
もはやカップラーメンではなくなる😂

毎日、そんな器なんですか?
はい。
カップラーメンの日まで、そんな器です😂
カップのまま食べる麺、
器に盛られた麺、
同じ“麺“ではあるけど、
絶対に別物になっている
はず😉
食べたもので身体は作られる。
そして、毎日の小さなご機嫌が、暮らしを作っていく。
だからこそ、
頑張るより整える
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